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おたより
2011年5月10日現在
震災に関連し、邦楽ジャーナルへ寄せられた皆様からのおたよりを掲載致します。
新しいものを順次上部に追記します。
- 東京都・池端健一さんから(2011年5月10日)
長いお便りをいただきましたので、一部ご紹介させて頂きます。
「被災地ボランティア報告」
この度の「東日本大震災」におきまして被害を受けられた方、お悔やみ申し上げます。
仕事の間にストリートライブ活動やライブハウスなどで民謡の三味線弾き語りをやっている私ですが、ギターの仲間から震災で被災された方を慰問しようということで、3月末に埼玉スーパーアリーナにギター、ウクレレ、沖縄三線、津軽三味線の4人で、それぞれ得意分野の音楽を演奏し楽しんでもらいました。
また4月9〜12日まで私一人で津軽三味線を持って茨城県へ行ってきました。水戸で友人が被災したのをきっかけに水戸周辺の避難所を回ることにしました。震災から1カ月、ライフラインも整備され避難所も全くなかったので、とりあえず国道6号線を北上しました。道は所々段差があり、沿道には屋根をビニールシートで応急処置した家が軒を連ねています。時おり見える海は天気も良く静かな波で、あの恐ろしい津波が来た海とは思えない位美しかったです。
日立市内に入ったのは夕方で、山中にある鳩ヶ丘スポーツセンターに南相馬市からの被災者が体育館で生活をされていました。会場に入ったとたん、自然と涙があふれてきました。80歳くらいの女性に、有志で作った折り紙を手渡しました。春とはいえ寒さを感じる体育館でした。東北六県の民謡を宮城の曲から唄い始め、最後に福島県民謡『新相馬節』を唄ってた時のこと、それまでは手拍子で楽しんでくれていたのがシーンと静まり返りました。「はるか彼方は相馬の空かヨー 相馬恋しや なつかしや」。今ここにいらっしゃる方の気持ちがストレートに表現されている唄だったのです。長年、親しんだ土地にいつ帰ることができるのかは、福島原発の事故の終息次第とうことで、先行きの見えない状況です。まさかこんな言葉が返ってくるとは思いませんでした。「ありがとう。冥土の土産に持って行けます」と。折り鶴を手渡した女性からの力の無い言葉でした。「そんなこと、言わないで下さいよ」というのが精一杯でした。たまたまこの日が、この避難所の最後の日。それまで体育館の床に雑魚寝だった生活を終え、翌日から日立市内の旅館に全員移る日だったのです。今は久しぶりに布団で寝られているのかもしれません。また日立に行こうと思っています。
帰りに埼玉県加須市の騎西高校に立ち寄りました。双葉町の方がこちらで生活されていると聞き、役場で許可をいただき視聴覚室で演奏させて頂くことに。校内放送で、40人位の方が教室を埋めつくしてくれました。ここでも『新相馬節』ではシーンと静まり返り、まるで鎮魂歌のようです。最後に避難民の方にも演奏に加わってもらい、にぎやかに富山の『帆柱起こし音頭』で締めました。演奏に参加してもらった男性が目を真っ赤にはらして「ありがとう。元気になった!」と声をかけてくれました。この方は福島第1原発から1kmの所に住んでいて、原子炉の爆発を見たというのです。何度も何度も握手をしてのお別れとなりました。
水戸から始まった行き当たりばったりの避難所探しのボランティア旅は、思いがけず憧れの上妻宏光さんや、はなわちえさんといった名だたる津軽三味線奏者を育んだ町・日立で演奏する機会になりました。
- 3D-FACTORY三浦公規さんから(2011年5月9日)
皆様のあたたかい御協力がありまして、5月5日子供の日に無事に青い鯉のぼりプロジェクトを立ち上げる事が出来ました。各メディアでも取り上げられ、全国の方に知って頂くキッカケも頂きました。
当日、本当に青く広い希望の大空で、226匹の青い鯉のぼりが・・・子供達が・・・自由に元気に泳いでくれました。
亡くなった律君のお友達も来てくれて、鯉のぼりが空で泳ぐたびに「りつくん、りつくーん・・・りつくーん・・・」と、何度も何度も何度も、叫んでいました。
そこに集まったみんなの、悔しさ・哀しさ・嬉しさ・勇気・元気・願い・希望・・・沢山の想いが共有され、自然に涙が溢れていました。
絶対に健人の想い、僕らの想いも、皆さんの想いも届いたと思います。
本当に素敵な空間でした。
来年も再来年もずっとずっと続けて行き、東松島市の復興のシンボルになってくれたら嬉しいです。
青い鯉のぼりは、これからも募集して行きますので宜しくお願い致します。
希望の鼓も5月6日に2号目に突入しました。
この太鼓は、宮本卯之助太鼓店様から一度お預かりして全国からメッセージを頂き、メッセージで沢山になりましたら、宮本卯之助太鼓店太鼓館さんの方で展示される予定です。
3D-FACTORY .
和太鼓打ち 三浦公規

「青い鯉のぼりプロジェクト」と「希望の鼓2号」
- 3D-FACTORY千葉秀さんから(2011年4月11日)
3D-FACTORYでは下記のようなプロジェクトを立ち上げました。
青い鯉のぼりプロジェクト
http://www.wadaiko.info/ritsunoyume/
このプロジェクトの提唱者 伊藤健人君(宮城県東松島市/17歳)は、この春、高校3年生の東松島の子で、今回の津波で3人兄弟の末っ子(伊藤律/享年5才)と、母、祖父母を亡くしました。母、祖父母は現在も不明状態です。
この伊藤君は和太鼓をやっていて、本人からメールをいただき、力になってあげようと思いました(詳細は上記サイトをみてください)。何より賛同いただけましたら自身のブログや映画HPなどにも書いてください。
今年(2011年)の5月5日から、復興のシンボルと東日本大震災の犠牲になった子供達の為に継続的に「青い鯉のぼり」を伊藤律君のふるさと宮城県東松島市大曲浜に掲げたいと思います。
「青の鯉のぼり」プロジェクト実行委員会 事務局:有限会社3D-FACTORY
- 3D-FACTORY千葉秀さんから(2011年4月5日)
被災に遭われたみなさま、心からお見舞い申し上げます。
私達は宮城県を拠点に全国で活動する邦楽オーケストラのM's Japan Orchestraです。
私達の拠点宮城県美里町は震度7エリアでした。幸いメンバーは全員無事でした。
そんな中、電気、水道、燃料などライフラインが日を追う毎に復旧して行く中、年内の決定している演奏のキャンセルが相次ぎ、明日の見えない状況についつい下を向いてしまいがちでした。が、もう少し時間が経てば、みちのくの祭の音がみなさんの心に必要になる時期もきっとくるんじゃないかって思って今はこんな自分たちが出来る事(沿岸部のボランティアとして炊き出しや支援物資を運んだり)をしてます。
これまで東松島市、石巻、女川、南三陸、気仙沼、陸前高田、宮古へ行ってきました。
今後仙南、福島へ行く予定です。
何処に行っても思う事「私達はたくさんの支援を頂いて大丈夫です!もっと大変な地域を助けてください」「次は是非演奏を聴きたいです」と…。
逆に私達がパワーを貰って帰って来る日々です。
そして私達はその被災地に行く時に現地の皆さんに画像のようなお願いをしています。
大太鼓(和太鼓の音は胎児がお母さんの子宮の中にいる時に聞くお母さんの心音に似てると言われます)に、みなさんからメッセージを書いてもらっているのです。
どうぞ皆さんの街でこの大太鼓見かけたらメッセージお願いします。
このたくさんの想いを心に刻み太鼓を打ち続けて行きます。
がんばれ日本!負けないぞみちのく!
shu chiba/3D-FACTORY inc.
http://www.wadaiko.info/
M's Japan Orchestraを構成しているグループ
族-Yakara- http://ameblo.jp/3dyakara/
閃雷 http://blog.livedoor.jp/senrai/
花鳥風月 http://hello.ap.teacup.com/kachofugetsu/
和太鼓ユニット閾 http://love.ap.teacup.com/wadaikoiki/


- 津軽三味線奏者の松田隆行さんから(2011年4月4日)
「柴田雅人くん、浅野祥くん(実家が被災)との被災3人組みで避難所を廻り演奏してがんばっています」と松田隆行さんから近況を聞くことができました。その様子が、松田さんのブログで紹介されています。
http://www.ajioto.com/2009/diary.html
- バンブーの渡邉優さんから(2011年3月28日)
いわき市に支援物資を持って行きました(水、500ml240本、トイレットペーパー400ロール)。 集積所である平競輪場で受け付けていただき、近くの避難所で尺八の演奏を聞いていただきました。ホール入り口の大きな階段の前で演歌を中心に20分くらい。演奏は「尺ペラーズ」(森淳、渡邉優)。『兄弟船』『津軽海峡冬景色』『恋のバカンス』では手拍子もいただき、『 浪花節だよ人生は』で締めました。あたたかい拍手をいただきました。(YOUTUBEの動画)
寄ってきて握手をしてくれる方もあり、インタビューも受けました。
http://www.youtube.com/watch?v=msPQV-N-SXc&feature=player_embedded
- 井上良平さんから
AUN J クラシック・オーケストラ 代表 井上良平さんからメールをいただきました。(2011年3月25日)
たび重なる余震、放射能漏れの不安。予想をはるかに超える大変な事態となり、音楽業界も混乱を来たしております。
こんなときこその和楽器の出番のはずが、自粛という風評に流されて数多くの公演キャンセルは、心を痛めております。
日本を襲った未曾有の出来事。みぞうとは、いまだかつてなかったこと。きわめて珍しいこと。
語源はサンスクリット語の「adbhuta」が漢訳された仏教用語で仏の功徳の尊さや神秘なことを賛嘆した言葉であった。
日本では「未だ曾て有らず(いまだかつてあらず)」と訓読され本来の意味で使われていた。
だれもが経験しなかったことが続き、自然の猛威に驚嘆し、音楽にも集中できない日々が続きました。
これはだれもがそうであったように。
いまこそ音楽で、こんなときこそ音楽でと、ミュージシャン達は今、立ち上がり始めています。
そんななか、アフリカかのキベラスラムという行ったことも聞いたこともなかった場所から歌が届きました。
ぜひ見てみてください。ぜひ感じてください。キベラスラムは、ケニア・ナイロビ在住のフリーライター早川千晶さんらがずっと支援してきたそうです。
その影響で、この未曾有の日本のために子供たちが泣いてくれています。きっとこの子たちには会えないし、手も握れないけど、なにか心を抱きしめられたような気がしています。これからこそ音楽が必要になってきます。そのため、その時まで、僕らはこの国の行く末を見守り、そして和楽器も大事に、人の心に届く音を出していきたいと願っています。音の心で意味の意です。その音のメッセージが全てのひとに届くまで。みんなで力をあわせてがんばりましょう。
AUN J クラシック・オーケストラ代表 井上良平
http://www.youtube.com/watch?v=0L5W5CYkbR4&feature=player_embedded
- 被災地の楽器屋さんから
被災地の楽器屋さんから本誌編集長宛のファックスをいただきました(2011年3月25日)
先日はお忙しいところ、震災お見舞いのお電話をいただきまして、ありがとうございました。
電話を置いてすぐ、男性の方から電話がありました。
「三味線の音を出さない方法がありますか?」
周りの方々に気を遣ってのことかと思います。「ありますよ」と答えながら、すぐに、半年前に紅木の三味線を買った方と分かりましたので、お聞きしました。
「三味線、大丈夫だったんですネ?」
「いや、家も三味線も流されてしまって…でも、アパート見つけたから…」
「ホントに…レンタル用三味線だけど、いつまででもいいからウチの使ってて」
少し元気になったような声になり、「伺えるようになったら伺いますから」というお返事。なんと言えばいいのか、楽しみができたと喜んでおられた方でした。
演奏会は、東京の方まで中止とか自粛と聞き、むしろ残念に思っています。
規模を小さくするとか、決して無理強いじゃなく、「身ひとつで参加してください」とか、やさしい心遣いでいくらでもできると思います。この業界のためにもお願いしたいナーと考えています。
本当に、いっぱいの励ましのお電話をみんないただいたと思います。
ありがとうの気持ちを込めて。
(2011年3月25日)
- ニューヨークに転勤中の方から
ニューヨークに転勤中の方からメールをいただきました。(2011年3月25日)
有志と共にニューヨークで行われるチャリティー・イベント情報をとりまとめたサイトを運営しています。日本のためのイベントが、これほど多くNYで開催されていることを、日本の方にも知ってもらえたらいいなと思ってお送りします。下記をご覧ください。
http://nycaresforjapan.com/
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